わくらば 【前編】


 大きな公園から港へと続く大通りには、おびただしい数の人が行き来しており、その誰もが一様ではなく、異国から渡ってきたであろう者や、人ならざるもの――妖物あやかしものものも多くいるようだった。
 どこの街でも妖物は稀に見掛けるにしても、いまだ鎖国状態の続く日本で、この横濱のように多くの異人が自由に通りを歩く光景が見られる場所もそうはなかった。
 強い日差しが照り返す往来は、人々の活気が熱を生み、それが合わさりいっそう暑く感じられたが、磯の香りをのせた風が海から公園へと吹き抜け、着物にこもる熱を抜き取ってくれるのがありがたかった。
 射す光がだんだんと赤みを帯びてくる中、五代目志乃輔しのすけ――三屋なおまさ港へ向かって道を急いでいた。
 身の丈は六尺にすこし届かないほどで、草色の絽に濃紺色の麻の袴、紗の黒い羽織には巴丁子に巴百足が重ねられた紋が入っている。まるで、江戸から舞い戻ったかのような、侍のような出で立ちだが、髪は短く、首からは木札をさげ、背に侍には不似合いな、行商人の使う背負い箪笥の様な、大きな木箱を背負っている。その木札と木箱にはびっしりと墨で字が書き入れられており、おおよそ凡庸な身の上ではないだろう事は見てとれた。
 腰には刀を差していたが、それも侍が差すものとは少々違っていた。鶯色の柄糸はまるで新品のようだったが、丁寧に彫金細工が施された鍔は、なにか大きな力が加えられた事をうかがわせるように歪み、鞘には数々の呪符が貼られていた。
 通りの先にちらりと海が見え、直政が歩調を緩めると、向かいから来た妖物が刀に目をやり、睨むように目を細め、厭悪するように距離を置いた。
 直政はそれを気にする風でもなく、そのまま歩を進め港に入り、桟橋の手前にある広場まで到達すると足を止め、来た道を振り返りため息をひとつこぼした。
 妖物も含め多くの異人が人目を憚る事なく、人々は大声で話ながら往来を行き交う、そんな光景を改めて眺め、喧噪というのはこの街のためにあるような言葉だと、直政は思った。
「志乃輔くん!」
 大きな声で、背後から呼ぶ声があった。
 振り向くと桟橋の方からこちらへ近づいてくる者達がいた。
 小走りで近づいてくる女の後ろに、歩調を変えずにもう二人、見知った者達が近づいてくる。
「酒々井家の船の近くで待っていようかとも思ったのだけど、この道を来ると思ったから迎えに来たの」
 手を振って駆け寄ってきた女は、くたびれた顔をしている直政にそう言うと、にこりと微笑んだ。
 女は直政よりも頭一つ小さく、美女という風ではなかったが、可愛らしい顔をしていた。女は今年で二十二を数えるが、だいぶ幼くみえる顔立ちをしている。蝦色の薄物を着ており、紗に少しこまかい矢絣模様が滲むように入っていて、着物の落ち着いた様と似合わないあどけない表情が、独特の魅力を生み出していた。
 女はふうっと一つ、肩で息をして、改めて言う。
「ひさしぶりね、志乃輔くん」
 その言葉に、直政は笑顔を作りこたえる。
「ご無沙汰してます。あせびさん」
 そう直政に挨拶されると、あせびと呼ばれた女は嬉しそうに言う。
「そんなに好きな名前じゃないんだけど、いい男に呼ばれると嬉しいものね」
「……調子がいいねぇ」
 それを聞いて、ゆっくりと追いついてきた男が毒づいた。
 そして、続けて心底たまらなそうに言う。
「それにしても、七月でもうこの暑さ、どうにかならないかねぇ」
 男は暑さに厭気がさしているのを表情に隠さず、大きく息を吐いた。
 この男の名を、酒々井ささい輝密てるみつという。
 男の身の丈は五尺五寸と少しといったところ、肩より少し長い髪を緩く括り、青丹色の絽の着物に深緑の紗の羽織を肩にかけ、小さな瑠璃のあしらわれた羽織紐で留めている。臙脂色の帯には薄く斜めに山吹の縞模様が入っていて、身につける物の随所に贅をこらした別品である雰囲気を醸していた。
 最後に、直政と自分の間に輝密を挟み、いつの間にか輝密のうしろに立っている男が、
「すけくん、ごぶさた」
  と少し鼻にかかったような低い声で挨拶した。輝密の肩に両手を置き、上背は輝密よりも頭一つほども大きいのに、まるで子供のような屈託のない笑顔で、嬉しそうに目を細めている。
千代美丸ちちょびまるまるも、ひさしぶり」
 直政は男を見上げ、名を口にすると微笑んだ。
 男は鉄色くろがねいろ上布じょうふの単衣の着流しに濃紺の絹帯と洒落た身なりをしているが、しかし、その見た目は、ここ横濱では気にならないかもしれないが、日本には本来異質なものだった。
 白い肌に金色の毛髪、彫りの深い顔立ちと翡翠色の瞳、まさに紅毛人こうもうじん――ここ最近では、もっぱら西洋人というようになった――のような見た目を、千代美丸はしていた。そのため、普段過ごしている東京では、好奇の目にさらされる事をきらい、黒い頭巾をかぶり、顔には、風よけのまじないを墨で入れた白い薄布を垂らし、それらを隠している。
 そんな格好のせいもあり、東京で見る千代美丸の姿はまるで、人に付き従う妖物――薬師の従える式神のようだった。いや、実際に、千代美丸は輝密の式神として、薬師によって作られた組織――極東薬種商業組合に登録されている。
 そもそも、千代美丸は人ではない。
「ここは横濱だからねぇ。異人もいっぱいいるし、いつもみたいにちょびも顔を隠さなくても、ね」
 直政の考えを読んだかのように、目配せしながら輝密が言った。
 輝密は振り返ると、千代美丸の顔を見つめて嬉しそうに微笑んで、なあちょび、と言いながら手を伸ばし頬に触れた。
 そんな遣り取りを、あせびは幸せそうに見つめている。
 この三人は相変わらずだな、と直政は独りごちて、咳払いをした。
「ああ、ごめんごめん」
 気を取り直したように、輝密が話し始める。
「うちの船の積み荷は問題なかったようだし、最後の船ももう着いたみたいだ。さて、面白い物があるかもしれない。のぞきにでも行こう」
 それを聞くと、少し顔を曇らせながら直政が、
「いや、そんなことより、オレが頼んでいた物はどうなっている?」
 と輝密に聞く。
「できてるよ。……と、言って良いものなのかは疑問だけれど。持ってきてはいないんだ」
「おい」
 輝密の別段気構えるわけでもない様子に、直政が語気を強めると、まあまあ、と輝密は両手で直政をなだめるようにしながら話を続けた。
「すぐそこの、横濱でやっているうちの店に置いてきたんだ。言っておくけど、けっこう苦労したんだよ? 強情な子でねぇ」
「……すまない。気が急いてしまって」
 直政が言っているのは、三週間ほど前から輝密に預けている弓のことだった。
 竹と櫨で作られ、祝詞をしたためた薄い和紙を幾枚も括り付けられた、巫覡ふげきの弓。
 少しうつむいて直政が続けて言う。
「ここのところ、穢れがたまる一方なんだ。おそらく、何も手を打たなければ、受肉までそう間がない」
 輝密はそれを聞くと、直政の背負う木箱を一瞥してから、神妙な面持ちで聞く。
「……前より早まってないかい?」
「それって、時森ときもりちゃんがまた怨霊みたいになっちゃうって話?」
 あせびが口を挟むと、直政が静かにうなずく。
「それは一大事だわ。そうならないために、さっき置いてきた弓が必要なのね?」
 それに、直政がこたえる。
「そうならないように、弓がなくてもできることは勿論あるし、何かあった時の手立てがないわけじゃない。でも、あの弓がないとできないこともあるから……」
 表情を曇らせ、強張らせる二人の緊張をほぐさんと、輝密が少し語調をゆるめて続ける。
「まぁ、あの弓、もう呼べば来ると思うけど。一応、それくらいの思いに答えられる程度には、入ってる」
 ――入ってる、輝密がそう言ったのは、魂が、という意味だった。輝密には、物に命を吹き込む力がある。それは生来彼に備わった物ではなかったが、ある事をきっかけに、その、人ならざる力を手にしていた。いや、手にしてしまったと言うべきか。
 そのため、薬問屋の総領息子という身の上でありながら、輝密は薬師くすしとなった。
「ただ、こちらに着くまでどのくらいかかるかはわからないし、まだ、志乃輔君の言うことを聞いてくれるかどうかわからないから、呼ぶというなら今回は私がやるけど、どうする?」
 輝密が直政にそう聞く。
「いや、これから店に行くことにする。店には前にも何度か顔を出しているし、場所もわかる。それに、弓を受け取ったら、一度時森を起こした方がいいと思う」
 直政は、少し低い調子でそう答えた。
「そういう事なら私たちも一緒にもどるよ。見知った顔の多い方が時森さまも安心するだろうしね」
 直政の意をくんで輝密がそう言うと、四人は店のある方へ、港から街へ戻ろうと歩き始めた。
 しかし、道を戻り始めて少し経った頃、何者かの悲鳴が、先ほどまでいた桟橋前の広場の方から聞こえた。
 あせびが肩をすくめながら、
「今のは?」
 とその声に反応する。
 それに呼応するように、しかし、あまり動じた様子もなく輝密が、
「何かあったのかな」
 と、呟くように言った。
 悲鳴と同時に、桟橋の方から人が押し寄せる。
 それと同時に、今度は男の叫び声があたりに響いた。
「薬師は! 薬師は居ないか! 妖物が――」
 聞き取れたのはそこまでで、最後は息の限り声を張りあげる、喚くような悲鳴だった。
 それは、その男の断末魔の叫びとなったようだった。
 その声を皮切りに、人々が、今度は津波のように押し寄せてきた。
 どうやら桟橋の方で何事か起き、そこから我先にと逃げ惑う者達が、街の方へと押し寄せてきているようだった。
 四人は一瞬で人混みに飲み込まれると、散り散りになるまいと手で方向を合図しあい、道脇に退避しようとする。
 すると、先ほどの男の叫びに応えてか、人混みをかき分けて逆行してくる、娘一人男二人の三人組がいた。
 娘は西洋風の黒い服を着た、まだ十代前半くらいの少女で、男二人の内一人は、黒い羽織に薬師の証しである黒い蝶の紋が描かれた腕章をつけ、腰に直政の物と似た刀を下げている。
 一番体格のいい、紅い着流しの男が直政に肩からぶつかり押しのけると、直政の背負った木箱が大きく傾いた。
 その刹那。
 ――――からら――ん、から――ん――――
 良質の白炭のぶつかり合うような、高く澄んだ音が狂躁の中、響いた。
 直政は背負っていた木箱を背から降ろし、守るように抱えて道の脇へと駆け寄った。
 四人が道の脇に揃ったところで、直政が、
「くそ、どうする。俺たちも様子を見に行くか?」
 と忌ま忌ましげに口にする。
「どうしよう。とりあえず、今の声の主の安否だけでも確認した方がいいかしら」
「いや、たぶん事切れているだろう」
 あせびが心配そうに言うと、間髪入れず、輝密は突き放すように言った。
「とりあえず、何が起きたのかもわからないし、私と千代美丸で様子を見てくるよ。志乃輔君とあせびは先に店に戻って、時森さまを起こす準備をしておいておくれ」
 輝密がそう続けると、あせびと直政は小さくうなずく。
 輝密が千代美丸を見やって、いくよ、と声をかける。それに千代美丸は、うん、と大きな声で返事をした。
 千代美丸のその一声で、四人は二組に分かれ、片方は人混みの流れに乗って街の方へ、もう片方は人混みをかき分けて桟橋のある方へと、それぞれ向かった。
 
  §§§§§§§§
 
 人混みをかき分けて走り、桟橋前の広場近くまで至ると、周りに人気もなくなっていた。
 輝密と千代美丸が、桟橋前の広場に到着し気を引き締めると、輝密達より先に人混みを逆行していった内の一人、西洋風の服を着た娘が、結界を張らんと陣を広げるのが遠目に見えた。
 それを見て二人は建物の影に身を潜める。
「ふうまけっかい? なにか逃がさないって言ってた!」
 娘が言った事を聞き取ったらしい千代美丸が、その言葉を輝密に伝える。
 張られた結界の中心には薬師の男が二人、いや、薬師の腕章を身につけていたのは一人だけだったか。
 もう一人、邏卒らそつと思われる男がサーベルを構えて立っていた。邏卒とは警邏観察の兵卒である。
「おお、赤い男が蹴ったら、くるんて飛んだ」
 千代美丸は、今度は見たままをひたすら言葉にかえている。
 輝密は千代美丸を一旦意識の外に起き、置かれた状況を推し量ることにした。
 娘の使った結界術は、言葉から察するに、陣を広げて壁を作り、妖物の出入りを禁じる類いの結界のように思えた。
 輝密も物陰から様子を窺うと、致命傷を受けていたのだろうか、邏卒が力なく倒れ伏したのが見える。
 そして、応戦する薬師達、そしてその向こうに、背筋をぴんと伸ばし身体を硬直させ飛び跳ねている異形が見えた。
 輝密はその異形を見てすぐに、この騒ぎの原因を理解した。以前にも見たそれと比べれば動きは大きいが、特徴はほぼ一緒だった。
 以前に見たそれは額に黄色い札が貼られ、見世物として横濱に持ち込まれたものだった。その時、それの持ち主と、それを操っていた道教の術士が、それがどれほど危険で、どれほど取り扱いが難しい物なのか、実に誇らしげに語っていたのを覚えている。
 ――殭屍きょうし。大陸の者たちはキョンシーと呼んでいたが、もし、あれがそうだとすれば、あの邏卒は傷を受けた時点でもう命はなかったろう。妖物の討伐に長けた薬師であったとしても、あれを相手にするのは、生身の人間である以上少々危うい
 そう逡巡すると、輝密は道教の術士が言っていたことを思い出しながら、懐に左手を差し込むと、千代紙の束を取り出した。
「あれ、女の子が猫になって逃げてったぞ? って、うわぁ、燃えてる……」
 千代美丸が無邪気に状況を口にしている中、輝密はさらに思考を巡らす。
 今日、最後に到着した船は大陸からの貿易船だった。おそらくその船の積み荷に紛れていたか、それとも積み荷だったか、もしくはそのどちらでもなく、操って労働力としていたか。しかし、以前話を聞いた術者の話を信じるならば、労働力として使役するにはいささか危険過ぎるものだ。
 なぜならば、わずかな不備でもあって封印が解かれれば、取り返しが付かない事になる。
 そう、今置かれたこの状況のように。
 そして、殭屍の何よりも恐ろしいのは、殭屍の持つ牙によって身を傷付けられれば、傷付けられた者の魂が抜け落ち、奴らのように生ける屍と化してしまうという所にあった。
 輝密は考えるのを終えると、手にした千代紙の束を額にあてる。
「……燃えてなかった。つの? 金の目……変なの……」
 千代美丸は引き続き、状況を見たままに表現しようと懸命に言葉を探していた。が、しかし、語彙の不足と、輝密が己に関心を向けてくれない事でやる気を失い、それを半ば放棄した。
 輝密はささやくように言う。
「もう宿っているだろう。さぁ、目を覚まして手を貸しておくれ」 
 すると、左手に持った千代紙が、それぞれにわかに震えだし、手から抜け出ては、ふわり、ひらり、と輝密の周りを舞うように飛び回る。
「おまえ達はなんにでも成れるだろう。薙刀となって私を助けておくれ」
 そう言って、輝密は右手を伸ばす。そうすると、輝密の周りを舞う千代紙達は、するすると丸まりながら柄を作って右手に収まり、柄を輝密の身の丈ほど伸ばすと、ひらりと舞っては貼り合わさり、刀身を形作っていく。
 薙刀が完成すると、あぶれた千代紙が、輝密の懐に帰るように収まっていく。
 最後の一枚が懐に収まるのと同時に、千代美丸が声をあげた。
「吹っ飛んだ!」
 輝密が物陰から改めて状況を確認すると、娘は消えていて、男二人は角を額に生やしている。瞳の色までは輝密には見えなかったが、鬼へと転変しているだろう事はわかった。
 輝密が、娘は、と千代美丸に問うと、猫になった、とだけ千代美丸は答えた。娘もあの二人のように転変したという事か、と輝密は解釈した。
 赤い着流しを着た鬼が、殭屍を引き裂いたのが見えた。さすがにあれでは、殭屍といえど行動不能だろう。しかし、殭屍によって倒れた者がいる以上、まだ戦いは終わっていない。
「どうしようか、ちょび。このまま、あの二人に任せてしまっても良さそうだけど、ここまで来てなんにもしないで帰るってのもねぇ」
 輝密が薙刀を肩にかけ、物陰から覗きながら言う。
 実際、あの二人の力をもってすれば、この後に起きるであろう事態も、さして苦もなく収拾できるだろう。
「んー。でも、つまんないから帰りたい」
 そう答えた刹那、千代美丸は、はっと辺りに目を配ると、近づく人影をその目にとらえた。
「輝密、だれか来た」
 千代美丸がそう言って背を向けたままの輝密をかばうように前に立つと、からんころんと下駄の音が近づいて来る。
「主さんらにゃ、なんもしやしないよ。わっちらも、主さんらと一緒さね」
 その声に、輝密が向き直ると、煙管を、ん、と吸い、ぱ、と煙を吐きながら、羽織に付けた、薬師の認許である蝶の紋の入った腕章を輝密達に見せる。
  
「わっちは石楠花。ちょいと出遅れちまったけど。わっちらはあれの専門でね」
 髪を艶やかに結い上げ、黒い羽織の下には、色使いの派手な着物、まるで、色街を思わせるような、そんな出で立ちだった。
 その後ろには、旗袍きほうきほうを着た真っ白な髪の少女が控えている。少女の纏う黒い絹地の旗袍には、白い小花が鏤められており、白く塗り上げた肌と真っ白な髪によく似合っている。
 目尻にひいた紅が、愁いを帯びて、なんとも美しかった。
「餅は餅屋だ、あとはまかしとくれよ」
 石楠花は、低く肌を撫でるような、艶のある声で言う。
 気を取り直し、輝密が、
「君も薬師なのかい?」
 と少女に問いかける。問いかけると同時に、輝密は少女に違和感を抱いた。
「君は、もしかして……」
 少女は投げかけられる言葉から逃げるように、顔を伏せる。それは、会釈をしたようにも見えた。
「あぁ、この子は空木。訳あって声が出ないんだ」
 少女の代わりに石楠花と名乗った薬師がこたえた。
「なにか、この子に聞きたいことがあるっていうなら、わっちが代わりにこたえるよ」
「……いや、なんでもない」
 輝密が言葉を飲み込んで、二人に道を空けると、石楠花が、
「それじゃあ、行くとしようかねぇ、空木」
 と言って、からんころんと下駄の音をさせながら、鬼二人のいる結界の方へと向かっていく。
 空木はうつむいたまま、その背に縋るようについて行った。
 輝密が大きく息を吐いて、薙刀を軽く放ると、ひらひらと形を崩し、するすると懐へと帰って行く。
 小さくなっていく二人の向こうに、立ち上がり、腕を伸ばして身体を硬直させている犠牲者達の姿が見えた。
「きれいな男の子だったね」
 千代美丸がにこりとして言う。
「やっぱり」
 輝密がそうこたえる。しかし、輝密が感じた違和感は、本当に彼に問いかけたかったことは、そうではなかった。
「ちょび、他に、なにか感じたことはなかったかい?」
 千代美丸は腕を組んで空を仰ぎながら、
「んー。ちょっと、僕に似てたかな」
 と自信なさげにこたえた。
「そうかい? そうだねぇ、ちょびもきれいな男の子だものねぇ」
 輝密は、己の違和感の答えをみつけた気がして安堵すると。答えを茶化して、からかうように千代美丸にそう言った。
「僕は子供じゃないもん」
 千代美丸がそう抗議するのをよそに、輝密は言う。
「さて、私らは帰ろうか。そろそろ志乃輔君たちも店について、時森さまを起こす準備に取りかかる頃だろうしね」
 ――あの子達がどう殭屍を片付けるのか、興味もあるけれど
 そう思って振り返ると、石楠花が印を結んで空木に何かするのが見えた。
 輝密は後ろ髪引かれる思いを断ち切って、千代美丸と共に店へ急いだ。
 
  ――続

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